道の句・秋旅2005 -その2-

2005年秋、奥州(みちのく)を紅葉と秘湯を求めて旅した記録です。
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「鏡 沼」
蔦沼からさらにブナの森を奥に進むと、やがて神秘的な沼にたどり着きます。
鏡沼です。まさしく鏡、水鏡でした!
EOS7 EF24-70mm f2.8L USM 絞り優先f11 PL Pro400N 12日朝6時30分頃撮影
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(↑クリックすると800X600に大きくなります)
何のへんてつもない池とよんでもよさそうな沼ですが、その岸にそびえ立つブナの木々、
水辺の倒木、その上を覆う苔などが水面にシンメトリックな世界を作りあげていました。
EOS7 TAMRON LD28-200mm f3.8 絞り優先f11 Pro400N 12日朝6時30分頃撮影
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(↑クリックすると800X600に大きくなります)
あまりの美しさに、しばらく写真を撮ることを忘れ、立ち尽くしてしまいました。

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10月10日(月)の旅日記 その2

鬼首から鳴子峡へ向かう途中、松尾芭蕉の奥の細道で有名な「尿前の関」に立ち寄る。
尿前は「しとまえ」と読み、その昔、出羽街道に設けられた仙台藩の関所跡である。
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奥の細道には芭蕉がここで厳しい取調べを受けたエピソードが記されているが、
芭蕉とその弟子曽良は、仙台藩の動向を探る江戸幕府の隠密だったという説もある
くらいだから、「怪しいやつらじゃ」と疑われ厳しい詮議を受けたのだろう。
そういえばこの芭蕉像、ちょっと人相が怪しいような。。。(^^;
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さてこの尿前という地名だが、これも実は義経伝説と深い関わりがあることが現地で
判明した。
義経の妻といえば静御前が有名だが、身分の違いから側室だったという説がある。
正室は武蔵国の有力御家人河越重頼の女、源平盛衰記に郷御前と書かれた女性
だったようで、しかも義経は郷御前との間に亀若丸という名の子供をもうけていた。
兄頼朝に追われ都落ちして奥州に逃れてきた義経一行は、この地に滞在した時に
愛児亀若丸がオシッコをもらしたことから、「尿前」という名が付いたそうな。。。
ちょっと汚い話になったので、ここで美しい尿前の関のコスモスでもどうぞ。。。
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とにもかくにも、芭蕉だったり義経だったりと、日本史の断片が見える場所、それが
尿前の関だった。関所の前には芭蕉の句を祭った祠が、神木と共に残されていた。
e0016732_2313531.jpg

えらい寄り道してしもた。いつになったら鳴子峡へ着くんや。
ということで、明日こそ鳴子峡と鳴子温泉の「うなぎ湯」話へたどり着きたいと思う。

(旅日記の写真は、すべてCaplio GX8で撮影しました)
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by hirotons | 2005-10-17 23:04 | ニッポンの自然・風土


ココロに残る懐かしい風景を探して彷徨う、ブラパチ写真家「探邑 Tan'yu」のブログです。


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